IE9ピン留め

2012「第一回熊本城マラソン」フルマラソンコース  

2012年 01月 30日

熊本城マラソンの全コースの動画がみれるkarurosukoubou さんのチャンネル 

だいたい39km地点の細い道の右側が弊社でござる。
この動画(5/6)の12分20秒あたりですね。白川堤防突き当たり右。


当日、ボランティアでなんかするかもですが、
細い道なのでかえって迷惑かもなどと思案中。

いろいろ心配されている方もいらっしゃいます。
熊本城マラソンNO14 大会当日への提言
だいじょうぶか…。


# by chikyushouji | 2012-01-30 10:51 | スタッフブログ(廣石) | Trackback | Comments(0)

しあわせのパン  

2012年 01月 27日

なにをいまさらな読売の記事 (みだしの日本語もへん)
「汚染疑い牛3千頭流通先不明、検査時既に消費か」
弱い被害者は加害者に転じる、という悲しい現実。
で、これ。


週末に、この「しあわせのパン」を観て癒される作戦をたてている。
予告編を観ただけで泣きそうになった。

いろいろな形で、きょうも明日も、
放射性物質は日本中にばら撒かれ続けているし、
「しあわせのパン」のパンにも混じってくる。
逃げられない。きれいごとすぎる。
たぶん、これは「きれいごと映画」。
ブレンディのCMみたいな、人工甘味料みたいな、
うそくさい「きれいごと映画」。
だろうとは予想しつつ、癒されに行く作戦だ。

なんか観に行きたくなくなってきた。

「しあわせのパン的癒し」よりも、
「ブレードランナー的癒し」の方が、ここまできたら説得力がある。
もうどこにもない世界を求めても、むなしい。
つうか、もともとこんな世界で暮らしたこともなかったね。

野放しな「農薬汚染・添加物汚染」の中で育ったAF2オヤジは、
もともと長生きは難しかった。うっかり忘れていた。
汚れの中にうっとりと身を浸すほうが自分らしくて潔い。

ここらへんから先は、
どいつもこいつも開き直って生きていくしかないんじゃないの?
「ここらへん」がどこらへんかは人それぞれだけど、
最後は開き直って生きていくしかない。
「開き直る≠原発や東電などを容認する」という前提で、
開き直る。

苔に覆われた古い寺のような、銀色の放射線に覆われた世界で、生きていく。
崩れ、朽ちていく人間は、美しい。
そんな映画で癒されたい。
癒されるもんなら。

観てもいない映画の予告編だけで、ここまで言う俺。

しあわせのパンが、ただの「きれいごと映画」ではなくて、
「それでも、しあわせのパン」みたいな、
「我々は汚れてしまったけど、それでも、しあわせのパン」みたいな、
タフでポジティブでおしゃれな映画である可能性もある。

そもそも、妻が日本映画を好まないし、子供も反対しそうで、観に行くのは難しい。

# by chikyushouji | 2012-01-27 07:04 | スタッフブログ(廣石) | Trackback | Comments(0)

はぁはぁ  

2012年 01月 25日

ひさびさの自由。

やりたい放題。きょうは、綱もない。

子供のころは、野良犬はふつうに沢山いた。
飼い犬もつながれてはいなかった。
犬も自由だった。
かつて犬もイージーライダーだったが、あるとき粛清された。
バリ島にいくと、犬のイージーライダーが沢山いる。
つながれた犬とは表情がまるでちがう。
実は怖い。子供のころは普通だったのに。

# by chikyushouji | 2012-01-25 09:18 | スタッフブログ(廣石) | Trackback | Comments(0)

硯箱  

2012年 01月 23日

硯箱セット (表示価格の3割引きです)

御注文いただいてから、メーカーに発注しますので、少しお時間かかります…。

(たまには宣伝もします)


# by chikyushouji | 2012-01-23 18:30 | スタッフブログ(廣石) | Trackback | Comments(0)

頭痛  

2012年 01月 20日

昨日から頭痛がする。
と思っていたら、頭にデキモノが出来ていた。
頭頂部に、けっこうデカイのを発見した。
頭頂部は禿げてるし、絵的にちょ~マヌケだ。
アタマがズキズキするのは一緒だが、
これを頭痛と言ったらいけないような気がする。
なんか、顔をしかめて「頭痛がする」とか言えなくなった。

なぜだろうか…。

頭痛は、少し知的な感じがする。
頭痛は、デキモノよりエライのか。
んなわけないのによ!!!

ズキズキする。

# by chikyushouji | 2012-01-20 14:06 | スタッフブログ(廣石) | Trackback | Comments(0)

ハクセキレイ (たぶん)  

2012年 01月 19日

腹が減ったと、ハクセキレイ。
かわいい。

猫の餌めあてに、さまざまな生き物が遊びに来てくれる。
脱走自慢の御近所の犬も、はぁはぁ言いながら綱を引きずってくる。
ここらへんでも、ご近所的に、猫に餌をやるのはまずいらしい。

猫はイージーライダーだから、自由を恐れる大人は猫に殺意を抱くらしい。

などと、ひたすら敵を作り続ける商用ブログってあるかよ!!!
と、ロアッソ中田はウンザリしていると思う。ごめんね。

# by chikyushouji | 2012-01-19 15:55 | スタッフブログ(廣石) | Trackback | Comments(0)

地震雲  

2012年 01月 18日

こういう雲が空をおおっている。
地震雲に興味があるが、検証ができない。
当たったような当たらなかったような。

十日以内にどこかでデカイ地震がおきる!!! とか予想して当たっても、
十日もあればどこかで地震がおきて普通な感じもする。
当たらなかったら、当たらなかったで、十日もすればとっくに忘れている。
たまに予想どおりどこかで地震がおきたとき、思い出して「当たったよ」とか言いたくなるが、
当たらず忘れたままの予想のほうがはるかに多いこともウスウス知っている。
だめ~なギャンブル中毒者とかわらない。
にもかかわらず地震雲歴20年くらいを誇っている。


# by chikyushouji | 2012-01-18 16:04 | スタッフブログ(廣石) | Trackback | Comments(0)

書道の左利き差別について  

2012年 01月 15日

いわゆる「書道」は、「左利き」を差別してきた。
左利きの人間は、右利きに矯正される。
もしくは、「左筆法」のような、奇妙な書き方で「右利きの書」を強要される。
なぜなら、全ての「書」は「右利き体」だからだ。

書には、色々な書体がある。
篆書体・隷書体・楷書体・行書体・草書体の5つの書体に分類されることが多い。
初期の石などに彫る書体から、紙などに書く書体へと発展してきた。
しかし、書く書体を「書体」と呼ぶなら、書体は一つしかない。
それは「右利き体」だ。

「書道」は、数千年の書法・テクニックの過剰な蓄積で、
個人の表現の余地がなくなってしまっている。
そして、「左利き体」の美しさを認めることも出来ないでいる。
「書道」は「完成された」と言うべきなのか、「もう終わっている」と言うべきなのか。

「書道」を育んできた中国は、歴史的に左利きを差別してきた。(要出典)
「書道」における左利き差別に鈍感な「書家」が多い。

たとえば、黒人は美しくないですか?
たとえば、黒人に美しくなりたかったら白人になれと言えますか?
「書道」が、左利きを差別して、左利きを排除しつづけるなら、
少なくとも公的な教育の場から「書道」を排除するべきだと思います。

# by chikyushouji | 2012-01-15 10:21 | スタッフブログ(廣石) | Trackback | Comments(0)

右傾化マーケティング  

2012年 01月 14日

ロアッソ中田もヤバイけど、ロアッソ熊本がヤバイらしい…。

「2012シーズンのご挨拶」からの抜粋
「クラブ経営は大変苦戦を強いられ、大幅な赤字の見通しです。入場料収入、グッズ販売収入、協賛金収入、募金等の収入全てにわたって前年を下回った結果の赤字で、残念ながら再度債務超過となる見通し」
「このままではロアッソがJリーグで戦えなくなるかもしれない状況」

そんななか、ロアッソ中田が、アートワークスも「ロアッソ熊本 絆ショップ」になってロアッソを応援したいと主張している。
ということで、ロアッソの公式サイトを放浪したが、いくらくらいかかんのかとか、どうやったら「ロアッソ熊本 絆ショップ」になれるのか等、さっぱりわからず…。

ロアッソ中田の影響で、しばらくロアッソ熊本を応援していた時期もあったが忘れていた。
おそらく同じように、ロアッソ熊本は「みんな」に忘れられているのだろうと思われる。
ロアッソ中田は、「もっと勝てば人気がでる」と考えているけど、そうだろうか?
少なくとも、わたくしはロアッソ熊本が勝とうが負けようが、もはやいまいち興味が無い。
おそらく同じように、「みんな」も興味ないんじゃないか。
ナショナリズムもそうだけど、「想像の共同体」的なものに、
強さはあまり関係ないのではなかろうか。
サッカーの日本代表は別に強くないのに、「みんな」応援しているのはなぜか。
それは、日本代表が「想像の共同体」度が高いからだと思う。

「想像の共同体」度を高めるということは、つまり「右傾化」ですね。
地元ナショナリズムを喚起するような「右傾化マーケティング」とかどうだろうか。
熊本を右傾化させ、そのシンボルとしてロアッソ熊本を演出する。

(こっからさきは、ますます完全にアレですから)

「右傾化マーケティング」的には領土問題はオイシイ。
熊本県には領土問題とかないのだろうか。
ある!!!

熊本県阿蘇郡小国町と大分県との県境が、はっきりしていないらしい。(境界未定地域)
住民同士が衝突している動画をテレビ局に流してもらおう。
そこに資源問題をからませる。おいしいマツタケが採れる地域だったりする。

マツタケを盗みに来た大分県民が、熊本県警に逮捕され、大分県知事が抗議する。
熊本県知事と大分県知事が罵り合う。選挙が近いのだ。
実は、この地域の地下には金鉱石の鉱脈があると噂されている、という噂もある。
ちなみに、ロアッソ熊本の女子事務員の松本さんのお父さんは小国町のマツタケ農家?の人であるらしい。松本さんはテレビで泣いていた。

ここらへんで、
ニート・窓際・ベランダ?等、社会に会社に家庭に帰属する場所をもたない人々の帰属意識を満たす場所として、ロアッソ熊本は機能し始める。負け組の鬱憤も一網打尽だ。

ロアッソ熊本は、失業者を積極的に雇用している。
ロアッソ熊本は、経営的に厳しいにもかかわらずだ。
ニートに対してサッカーを通じての社会復帰のワークショップも行なっている。
ロアッソ熊本のサポーターの中核は、このワークショップ出身者だ。
ロアッソ熊本のサポーターは、「健全なフーリガン」として有名だ。
地域のパトロールなどにも参加し、街の組事務所を閉鎖に追い込んだりもする。
(裏ではつながっているという記事を書いた新聞記者は飛ばされる)

テロも味方だ。
真相はわからないが、県庁の窓ガラスがアビスパ福岡のサポーターに割られる。
チームのロッカールームが、東京ヴェルディのサポーターに破壊される。
サガン鳥栖のスタジアムは、もともとロアッソ熊本のものだった。
大分トリニータにいたっては、大量破壊兵器を開発しているらしい。
もう、徴兵制を始めるしかないね。
マツタケショックがおきてもしょうがないね。
税金がロアッソ熊本に使われてもしょうがないね。

(すみません 息子が横でウイニングイレブンを始めたので)

# by chikyushouji | 2012-01-14 09:53 | スタッフブログ(廣石) | Trackback | Comments(0)

芸術文化には「適正な習得期間の長さ」というものがある  

2012年 01月 12日

こういうバックグラウンドを持った人が、数千年の呪縛から「書」を解き放ってくれるのだ。



(極論注意)
書家の99%は、歴史と師弟関係に押しつぶされて、なにも表現できないまま人生を終えていく。
他人の話を聞くだけで、一言もしゃべらない人生みたいなものだ。
しゃべっても、他人の話を九官鳥のように繰り返しているだけだったりする。
数千年の書法・テクニックの過剰な蓄積で、個人の表現の余地がなくなってしまったのだ。
表現ではなく、過剰な蓄積の習得のことを「道」と称しているが、手段と目的をとりちがえている。
誰かに押しつぶされた人間は、他人を同じように押しつぶそうとするものだが、
それは書の世界でもみかける。

王羲之や顔真卿を超えない限り一言もしゃべっちゃいけない、なんてことは無い。
もちろん、日展の審査員じゃないと一言もしゃべっちゃいけない、なんてことも無い。
だれでも、しゃべっていい。大切なのは、その人の言葉だ。

芸術文化には「適正な習得期間の長さ」というものがあるのではないか。
他のジャンルの「習得期間」を調べる必要があるが、(とりあえず身近な所で)
たとえばジミヘンは、ギターを始めてデビューして世界の頂点を極めるまで、10年かかっていない。
アカデミックなジャンルでも、ビュフェは20歳のときには既に天才画家としての評価が確立していたらしいから、「習得期間」プラス「評価の定まる期間」あわせて10年程度だ。
つまり、それぞれの「習得期間」は数年ということになる。
それぐらいが、個人がイキイキと活動できて、芸術文化が活性化する「適正な習得期間の長さ」じゃないかと思う。
おおざっぱに言って、芸術文化にとっての「適正な習得期間」は、「みっちり5年」あたりのような気がする。
それ以上の過剰なテクニックの習得が必要になると、人間も文化もイキが悪くなる。

芸術文化が生まれて高度に発展していくにつれて「習得期間」が延びていく。
あまりに「習得期間」が延びすぎると、そのジャンルは死ぬ。そんな気がする。
「書」は、「習得期間」が人類史上もっとも延びきったジャンルの一つかもしれない。
「書」の場合、特異なのは「習得期間」そのものが目的化しているところだ。
「道」にすることで、「習得期間」を産業化したのかもしれない。

それはそれで面白いと思いつつだが、
書も、「始めて数年で表現ができていないと恥しい」ということになってほしい。
あるいは、そういうイキのいい書の世界があってもいい。
書には十分過ぎる歴史的蓄積がある。
そこから好きなテクニックをツマミ食いして(しなくてもいい)、
あとは紙と墨と筆の神様を味方につけるシャーマンのセンスがあれば、すぐに魔法を始めることができる。
モーツァルトは4歳か5歳のときに最初の曲を創っている。




# by chikyushouji | 2012-01-12 22:10 | スタッフブログ(廣石) | Trackback | Comments(0)

3回楽しめればOKというジャンル  

2012年 01月 12日

20年前くらいに、たぶん中野サンプラザで観たマーカス・ミラー。
世界のプロはライブでもこんなに上手いのね、と感心した。
その後、この人、別に進歩もないけど、美味しいウドンみたいなアリガトウ感だ。
3回聴いたらあきるけど、だからなんだっていうんだ!!!


これは5回くらい聴いてもだいじょうぶ。
腰の強いウドンベースも凄いけど、5:20からの音階を変えてのコブシ攻撃がかっこいい。

# by chikyushouji | 2012-01-12 01:58 | スタッフブログ(廣石) | Trackback | Comments(0)

吉本隆明氏の反反原発について  

2012年 01月 10日

原発には純粋なテクノロジーとしての側面と、生臭い政治・経済の側面がある。
50すぎのオッサンの自分は、アポロ世代であるから、テクノロジーの進歩を妄信している。
人類はどこまででも行けるぜ!!! と思っている。
つまり、テクノロジー的には、安全な原発が将来的に可能だと思っている。
しかし、残念なことに、政治・経済的に無理かも…と考えている。
3.11以降、この考えは確信に近くなった。

ビッグプロジェクトが生む利権が、政治や経済や情報を支配したとき、
日本人はあまりに無力で従順だ。
だから、日本人は原発をコントロールできないのではないか、と思っている。
つまり、原発という技術に反対なのではない。
それでも、原発には反対せざるを得ない。
アポロオヤジとしては残念な思いで反対している。

吉本隆明氏は反反原発らしい。
さっき、氏の主張をコンビニで立ち読みしたが、この人は筋金入りのアポロオヤジなのだった。
勇ましくてカッコイイと思った。でもね~。
この人のテクノロジーへの信仰はわかるが、テクノロジーへの信仰のみで原発に賛成してみせているところが浅いと思う。あるいは高尚すぎると思う。
社会の現実を見ていない。あるいは、現実なんか知ったことか、という主張だった。
原発問題は、ピュアなテクノロジーの問題ではない。
原発というビッグプロジェクトが生む利権が、日本の政治や経済や情報を支配してしまうという問題だ。
コントロールできないのは、まず利権であり、その結果、原発をコントロールできない。
原発という、あまりにも早産すぎるテクノロジーにさえ群がった、匿名のハイエナを、コントロールする仕組みがない。
そういう状況では、原発はヤバすぎる。

追記
「父のことですが、もうあまりちゃんと話ができないので、まとめる人の意訳があるかと。私が話したときは基本的に賛成派ではなく廃炉と管理に人類の英知を使うべきだ的な内容ではないかと察します。一部をとりあげて問題にするのはどうかやめてください。父は静かに介護生活をしていますので。ば」 
(よしもとばななさんのツイッター)

だそうです…。

# by chikyushouji | 2012-01-10 23:47 | スタッフブログ(廣石) | Trackback | Comments(0)

特別なジャンル  

2012年 01月 08日

Steve Jobsは、癌の治療中、医療器具のデザインが悪いといってキレタらしい。(笑)

書家にとっての書はどうなのだろうか?
書家は、見たくない書、書きたくない書を強要されて、
怒って棚を蹴飛ばしたくなった経験はないのだろうか? (笑)

それぞれ人には強い嗜好を持つ「特別なジャンル」があって、
そのジャンルの好きじゃないものを強要されると、
頭に来て棚を蹴飛ばしたくなるのではないか? (笑)

自分にとって、音楽がその「特別なジャンル」だ。
以前、熊本のツタヤで好みでない歌謡ポップスをしつこく流していて、
あんまりしつこいので、頭にきてビデオの棚をガンガン蹴飛ばしたことがある。
キチガイザタだ。(笑)
そこまでいかなくても、音楽を大切にして「特別なジャンル」にしている人は多いと思う。

そして、その一方で、音楽を「みんなの共通言語」ととらえて、
音楽を、カラオケ等で「みんなで」楽しむためのツールとして使う文化もある。
残念ながら、音楽を「特別なジャンル」にしている人と、
音楽共通言語歌謡カラオケ派は、あいいれない。
どちらも音楽を大切にしているのだが、大切の仕方がちがうのか。
よくわからない。

音楽を「特別なジャンル」にしている人は、音楽共通言語歌謡カラオケ派の存在を知っているが、
音楽共通言語歌謡カラオケ派は、音楽を「特別なジャンル」にしている人達の存在を知らない。
そこらへんを改革したい感じもする。

この問題は、音楽に限らずすべての文化ジャンルにありうると思う。
ある文化を「特別なジャンル」にしている人は、
そのジャンルを共通言語感覚で楽しむ人の中で、辛い感じになってしまう。

よくわからないけど、
「特別なジャンル」というものを持たない人もいそうだけど、
もし可能なら、
それぞれの、お互いの、大切にしている「特別なジャンル」に敬意を。






# by chikyushouji | 2012-01-08 19:40 | スタッフブログ(廣石) | Trackback | Comments(0)

子供の絵画について  

2012年 01月 08日

子供の習字について考えてみて、
他のジャンルのアート教育はどうだっけと考えたら、
他のアート教育もたいしたことないことに気がついた。
少なくとも、学校の図画工作の時間になにか習った記憶はない。
ただ「描きなさい」と言われただけだ。
少なくとも自分はアート的な教育は受けていない。
そんなもんなのかも。日本は。

カメラが発明される前の世界では、絵画は写実が重んじられた。
カメラ以前の絵画は記録メディアとしての側面が強かった。
絵画も書(文字)も記録メデイアとしての過去があり、
その過去を無自覚に引きずっている。
この歴史的類似から、書と絵画の教育問題の類似を考えようとしたが、どうなのか。
そういう問題か?

そもそもアートってなんだよ。

# by chikyushouji | 2012-01-08 16:28 | スタッフブログ(廣石) | Trackback | Comments(0)

ナニワトーク  

2012年 01月 08日

100円で買いたい服があるとする。
相手しだいでは「100円で買いたい」と主張していい。
しかしナニワでは「10円!」と主張しなければならない。
で、ナニワのアキンドが「1000円!」と主張して、
最終的に100円になる。
これがナニワトーク。

「思い・着地点」と「主張」は必ずしも「=」ではない。
しばしば「≦」だ。
まるで「≠」なこともある。

相手しだいだ。
正確には、相手との「関係」次第だ。
完全な独裁者だけが、「=」でOKなんだと思う。
あるいは空虚な理想主義者だけが。

「運動」では、ナニワトークが必要だと思う。
そして、みんな日常的にナニワトークしてると思う。

そして、これはナニワトークなんだという自覚が必要。
自覚のない人はヤバイ。

ジブリと菅野よう子が好きやねん。








# by chikyushouji | 2012-01-08 10:08 | スタッフブログ(廣石) | Trackback | Comments(0)

子供の習字について  

2012年 01月 08日

「書」とは、(ざっくり)
道具と対象を「毛筆・墨」と「文字」に制限した独特なアートです。
制限が狭い分、タコツボ的深い世界が拡がっています。
また、毛筆と墨で書かれる文字は、
記録や手紙などで使われる日常的なツールでもあったため、
「書」は、それらの「日常的な書」と連続してつながっており、
歴史的な「日常的な書」などとも交流しながら、非タコツボ的に発展してきました。

などと、めんどくさい話をしたいわけではなく、
子供の習字について~。

「習字」は、寺子屋の「読み書きソロバン的実用教育」の影響が強いような気がします。
「習字」とは、もともと「字を習う」であり「字の読み書きを習う」なのだと思います。
こんにちでは、あんまり期待されていない内容です。

で、なにが言いたいかというと、
商売がら非常に言いにくいことですが、
「習字って、つまんね~」
です。
「習字の先生って、なにがやりたいの?」
です。
「習字の先生って、なにをやってるのかわかってんの?」
です。

と、言いにくいことを思いきって吐き出したら、
次の考えが浮かんできました。

「習字って、面白いかも」
です。

「ひょっとしたら、いまのままでもいいんじゃないの?」
とか。
「習字から、字の読み書きを習う的要素を取り除いて、
こんにち的意味を考えてみたらどうでしょうか」
とか。
整理できない思いがいろいろありますが、
とりあえず、今、個人的には、
「習字」に期待したいことですけど、(ざっくり)
「アートとしての書をもう少し意識しつつ、
寺子屋的なにかも受け継いでいけたら楽しいかも」
です。

と、なぜかチェルフィッチュの影響をつよく感じる感じになってます。(笑)
文章というか。ものの考え方というか。
未整理なものは未整理なままなのが正確なんだという。
とりあえずな出し方。
本当は、なんでも「とりあえず」で「ぐだぐだ」なんだから。たぶん。

# by chikyushouji | 2012-01-08 08:03 | スタッフブログ(廣石) | Trackback | Comments(0)

第21回書初め席書会 2012  

2012年 01月 07日

本日は、第21回書初め席書会でした。
場所は、熊本市総合体育館。
いつも暖房はありませんが、なぜか寒くありません。

クマモンは呼べませんでしたが、参加者はジワジワ増えました。
次回はクマモンを呼びたいですねぇ。
展示は、
2/27~3/4
熊本県立美術館分館2階
全員の作品が展示されます。

# by chikyushouji | 2012-01-07 18:14 | スタッフブログ(廣石) | Trackback | Comments(0)

第14回玄泉全国書道展  

2012年 01月 04日

第14回玄泉全国書道展
平成24年1月5日~1月9日
熊本県立美術館分館 1階ギャラリー・展示室2・展示室3

寒い…アラレが降ってきた

寒い…ロアッソ中田(おっさん)のくだらないヒザカケ

夕方、分館から戻って、年末の仕事(高書展)の続きをおそくまでやるです。

# by chikyushouji | 2012-01-04 16:10 | スタッフブログ(廣石) | Trackback | Comments(0)

有明海のエネルギーはどうよ  

2012年 01月 03日

有明海の干満の差は日本一大きいらしい。
しかも、有明海はデカイ。
海水が流れる時のエネルギーは、風の1000倍らしい。(ちょ~たぶん)
有明海に出入りする海水の量を考えると、有明海の潮力エネルギーはとんでもない大きさだと思う。
天草で、島と島の間をゴンゴン流れる海をみて、いつもそう思う。
というのは嘘で、以前は釣りのことしか考えていなかった。
最近、そう思うようになった。
で、朝っぱらから電力に換算した有明海の潮力エネルギー量を計算しようとしたが果たせず。
原発2000個分とか言いたかったけど果たせず。
残念ながら、きょうも伝票整理だ。

# by chikyushouji | 2012-01-03 07:59 | スタッフブログ(廣石) | Trackback | Comments(0)

みずさんの展示会です  

2012年 01月 02日


みずさんの展示会です。今日と明日です。
いわゆる「書道」の先生に描けない線がたくさんあります。
初詣もかねて見に行く作戦もありましたが、年末と元旦にさぼったために行けなくなったです。
せっかくメールをいただいたのに、申し訳ないっす。

年賀状も出さず、経理の宿題もせず、母親を老人ホームに放置したまま、
無駄に人生を浪費している正月を絶望的に反省しつつ、
これから経理の書類をかかえて老人ホームへ行きます。

# by chikyushouji | 2012-01-02 14:14 | スタッフブログ(廣石) | Trackback | Comments(0)

しわす2  

2011年 12月 27日

近所付き合いにも、親戚付き合いにも距離をおいて生きてきた。
なんで距離をおいてきたのか忘れた。
防犯パトロールというものに参加することにした。
今晩、7時30分からのパトロールに参加する。
思い出すだろうか。

# by chikyushouji | 2011-12-27 14:58 | スタッフブログ(廣石) | Trackback | Comments(0)

脳性マヒブラザーズ!!!  

2011年 12月 24日

脳性マヒブラザーズ師匠のコント


とりあえずビックリして爆笑したあと、つらつら考える。
だいたい笑っていいのかよ、これ?
という問題なんだけど、たぶん笑い方しだいだと思う。
笑って、「一皮、むかれた」感じがした。
「一皮、むかれた」=「人間的成長」 かどうかイマイチ自信がないが。

大野更紗師匠の「困ってる人」にも、「一皮、むかれた」感じがしたが、
このコントは、その大野更紗師匠のツイッターで紹介されていた。
笑いの力は凄い。
このコントの「脳性マヒ」のところに、一皮むきたいタームを入れると、
いろんな逃げ腰で臨んでいるヤバイ問題の皮を、一皮むく装置として使えそう。
と試みたが、これはもちろん甘かった。アホか俺。

# by chikyushouji | 2011-12-24 15:41 | スタッフブログ(廣石) | Trackback | Comments(0)

亀の冬越し  

2011年 12月 24日

全員同一賃金のコミューンのような会社を始めて2年半になります。
平等というのは、説明する必要のないくらいアタリマエのことだと思いますし、
会社経営的にも合理的な面があります。(いまいちなところもあっけどさ)
両親はコミュニストと元コミュニストでしたが、私は社会主義国家は嫌いです。
ヒッピー系のカルチャーの影響を強く受けていると感じています。

で。
なぜか、3.11を契機に熊本に移ってきた方達に、同じヒッピー系の空気を感じます。
もしくは、感じたくなります。
きょう早川倉庫でやってた「野ウサギ市」というものに息子と遊びに行って、
またもや同じ空気を感じました。
避難されてきた方達がいっぱいでした。
いたたまれないくらい刺激をうけました。
あまりにいたたまれなくなって、すぐ帰ってしまった。(笑)
どういうことでしょうか? なんなの俺?

亀の水槽にヒーターをいれるかどうか迷うね。どうしようかな。

# by chikyushouji | 2011-12-24 02:19 | スタッフブログ(廣石) | Trackback | Comments(0)

しわす  

2011年 12月 22日

師走の説明は秋田。
師が走るとかいう説は、たぶんウソだと思う。
わす…「わす」がどうなのよって気がする。
変だろ。「わす」が。
なんだよ、「わす」って。
俺はマントル対流だってイマイチ信じないぜ。
テレビの解説では、いっつも対流してないし、片流だし。
日本、沈んでないし。
だいたい、ゴンドワナ大陸だって、バランス悪すぎ。
裏ゴンドワナがいるだろ、ふつう。
だから地震について専門家が言ってることなんて、ぜんぜん信じられない。

なんにしても仕事がたまりすぎて、正月休みが危うい。
早く帰って、Wiiのウイニングイレブンで息子と戦いたいが、
帰れないじゃないか!!!

といいたいです。

# by chikyushouji | 2011-12-22 17:26 | スタッフブログ(廣石) | Trackback | Comments(0)

クリスマスプレゼント  

2011年 12月 20日

注文したクリスマスプレゼントのゲーム機Wiiが届いたので、
昨晩は家族で遊んだ。

クリスマスの朝、目が覚めたら枕元に…、
みたいにしてほしいか?  と小学生の息子に訊いたら、
アホか!!! さっさとだせ!!! とのことだったので。。。(笑)

息子には、メディアリテラシー強化のため、
幼稚園児の時に、
「サンタなんてウソだから騙されんなよ」
と教えてみた。
息子は、冷静に、孤独に、
まわりの素直な子供達がサンタを信じこんでいる様子を観察してきた。
いろいろ学んだと思う。たぶん。
マスコミなんてウソばっかりだから、とも教えてきた。

CMに騙されるな、とも教えてきたが、
ちょ~いまさらだけど、Wiiは面白かった。(笑)
任天堂はアップルと同じくらい凄い会社だと思う。
スティック形状のコントローラーは素晴らしい発明だった。
魔法の杖みたいじゃん。家族で遊ぶには最高のアイデアだ。
わが家的には革命的発明だ。
ものすご~く、いまさらでしょうけど。

# by chikyushouji | 2011-12-20 12:37 | スタッフブログ(廣石) | Trackback | Comments(0)

フリーエコノミーの商業化  

2011年 12月 19日

「フリーエコノミー」の捉え方は人それぞれだけど、
そこらへんについてウダウダと・・・

たとえば家族はフリーエコノミーの聖域として守られている。
料理を作っても洗濯をしても、お金のやり取りはない。
「できるだけ身の回りはフリーエコノミーでやっていきたい」というのが、
今の一般的な人々の本音なのだと思う。

性行為は、フリーエコノミーの聖域とされている。
売春は犯罪とされる。

医療行為もフリーエコノミーのイメージを守っている。
「患者」は「お客様」ではない。
患者をお客様などと呼んだら、
あの病院は「金儲け主義」などという非難をあびそうだ。

さてさて。
かつてオリンピックはフリーエコノミーの祭典だった。
「アマチュアリズム」とか言っていたが、
プロは「お金に汚れた」人間として排除されていた。
だが、いまのオリンピックはプロも受け入れ、
「商業化」が進んでいる。

オリンピックは、「お金に汚れた」のだろうか?
お金は汚いものだろうか?
プロのアスリートは汚い人間なのか?

そうは思わない。
いまは誰もそうは思わない。

「商業化」、つまり、フリーエコノミーのエコノミー化が進みつつある。

これはこれで「いいこと」だと思っている。
病院も売春も商業化すればいいと思う。
「患者」は差別用語だし、
「愛」を商業化するということは、エコノミーが愛に染まるということだ。
これはエコノミーの発展だと思う。

お金を汚いものだと考える偏見を捨てて、
「お金をきれいにする」という発想が必要なのだと思う。

その一方で、フリーエコノミーを捉え直して発展させていく。
そんなイメージを持っているきょうこのごろなのだ。
となぜかキッコのブログ風に朝になった。(笑)
フリーエコノミーを、商業化への「反動」ではなく、
あらためて「捉え直していく」という所存です。
エコノミーもフリーエコノミーもそれぞれ発展していけ!!!

なんか腰砕けであれですけど、
今日から、玄泉展の仕事だ。

追記 弁当を食べながら

そもそも書について考えようとしていたのだった。
書家はフリーエコノミーの流儀を守っている人が多い。
書はフリーなのだ。
無料であげる。そして、もらう人が悩みながら御礼をする。
ときどき相談されることがある。
「書をもらったんですが、御礼はどうしたらいいですか?」
「…わかりません」
書家には書を売る習慣がない。
その結果、書は広く流通できなかった。

数年前から「書」を売れないだろうかと考えてきた。
「書」を欲しい人たちがいる。
にもかかわらず、ふつう画商は書を扱わず、
「書」はほとんど流通していない。
そういう現状を変えたいと思ってきた。
来年から、ネットで書を売り始める予定でいる。
既に複数の書家と話をはじめている。

そして…ここで難しいことになるのだが、
書のフリーエコノミーの流儀も守りたいし発展させたいとも思う。
エコノミーの書と、フリーエコノミーの書をどう共存させていったらいいのか?
考え中。

# by chikyushouji | 2011-12-19 07:26 | スタッフブログ(廣石) | Trackback | Comments(0)

面構え  

2011年 12月 13日

なぜか他の種なのにわかる面構え。
こいつがここらへんのボスです。
さわらせてくれない。

# by chikyushouji | 2011-12-13 11:59 | スタッフブログ(廣石) | Trackback | Comments(0)

チェルフィッチュ「三月の5日間」@早川倉庫  

2011年 12月 11日

きのう近所で、チェルフィッチュという人達の「三月の5日間」という劇をみてきた。
ちょ~近所だったし。
これをめんどくさがっていたら人間おしまいかもって思って、寒いけど出かけた。

生の演劇って、生まれてはじめてみた。
役者の人と時々目があうのが困った感じだった。
アンコールとかはしないのだった。
アンコールとかすればいいのに。
小さなおしゃれなミニ芝居とかでデザートっぽく。
いややっぱりしなくていい。
アンコールとか気をつかってめんどくさい。

「三月の5日間」は、
遠い現実感のない戦争と、遠くないのに自分のことなのに現実感のない若者生活のお話。
って感じで面白かった。

「福島」もなんか現実感ないといえばない。

遠いから。
というわけでもないのかも。
福島の、たとえば仮設住宅に暮らしている方達にとっても、
「福島」は現実感なかったりするのかも。

「そんなわけないだろ!!!!!」
ってアツク怒られそうだけど、
またこれが怒られる前からすでに現実感のない怒りだったりする。
って感じるのは、ただ自分が病気だからか。

そうなのか?
どうなの?

現実感てなんだろ。

「三月の5日間」的現実感のなさ。

「三月の5日間的現実感のなさ」
って、ちょっと長いけど、ありだと思う。
どうありなのかはともかく。

会場の早川倉庫はかっこよかった。
あと、サンガツというバンドの演り方は好きだ。
にたようなバンドやりたい。

となんとなくアメブロ的に行間をあけてみたが、
腹立つね。無駄な行間。(笑)

ギターでも、やたら間をあけて弾くアメプロ奏法とかいうのもありかも。
かなり腹立つとおもう。(笑)

# by chikyushouji | 2011-12-11 09:52 | スタッフブログ(廣石) | Trackback | Comments(0)

くまモン多忙  

2011年 12月 09日

くまモン多忙のため、書初め会には出席できません。
というか、出席していただけません。
残念でごわす。
こちらの根回しに時間がかかり出遅れました。

くまモンが筆で書初めをする~というのは画的に面白いし、
書道文化の宣伝的にもいいアイデアだと思いましたが、
ゆるきゃらキングは超多忙なのです。

書初め会では、その日に公開で審査をします。
個性的すぎて、評価しきれない子供達がいます。
頑張っているのに、むくわれない子供達がいます。
そういった子供達に、「くまモン賞」をあげて、
「別の価値観」の存在を子供達に知って欲しいと思っていました。
実はこれが密かな目的でした。
この作戦はスタンダードな価値観と権威をよりどころにしている
審査の先生方にとってビミョ~だったりするので、
くまモンは適役だったのです。

「別の価値観」って、社会にとって大切ですよね。
ゆるキャラだって、数年前の「別の価値観」でした。
「別の価値観」をつぶしたら次の時代はありません。
プチ残念無念。

また来年チャレンジします。たぶん。

# by chikyushouji | 2011-12-09 11:31 | スタッフブログ(廣石) | Trackback | Comments(0)

マラソンコース  

2011年 12月 06日

会社の前の道がマラソンコースになった。
そんなこんなで道路工事中。男の仕事だ。かっこいいぜ。
道の左官屋と言いたいくらい滑らかに仕上げていく。
走りやすそう。スケボーマラソンも出来そう。



ヨーロピアンな白川。しかし、ここはコースじゃない。
きのう寝てないから眠い。。。

# by chikyushouji | 2011-12-06 14:54 | スタッフブログ(廣石) | Trackback | Comments(0)

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